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東京地方裁判所 平成2年(ワ)2309号 判決 1992年10月09日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四八八九万五五一八円及びこれに対する平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、井戸から汲み上げた地下水を利用し、水道を使用していないが、使用水量について下水道事業管理者の認定を受けており、かつ、公共汚水ますの設置を受けている事業者が、使用後の汚水についても、下水道を使用しないで地中に還元しているから、下水道使用料を徴収される理由がないとして、下水道事業管理者に対し、その支払つた昭和五一年四月から昭和五九年一〇月までの間の使用料の額に相当する不当利得金の返還及び法定利息金の支払を求めるものである。

二  被告の管理する公共下水道の使用、使用料及びこれに係る延滞金に関する法制

1  下水道法によれば、公共下水道の設置、改築、修繕、維持その他の管理は、市町村が、特別区の存する区域においては都が、これを行うものとされ(同法三条一項、四二条一項、以下、右各規定により公共下水道を管理する者を「公共下水道管理者」という。)、同法又はこれに基づく命令で定めるもののほか、公共下水道の設置その他の管理に関し必要な事項は公共下水道管理者である地方公共団体の条例で定めるものとされている(同法二五条)。公共下水道管理者である被告は、右条例として東京都下水道条例を定めている。

2  公共下水道管理者は、公共下水道の供用を開始しようとするときは、予め、供用を開始すべき年月日、下水を排除すべき区域その他同法施行規則五条所定の事項を公示し、かつこれを表示した図面を当該公共下水道管理者である地方公共団体の事務所において一般の縦覧に供しなければならないものとされている(同法九条一項)。供用が開始された場合においては、その公共下水道の排水区域内の土地の所有者等は、遅滞なく、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を設置しなければならないものとされている(同法一〇条一項)。

3  (一) 公共下水道管理者は、条例で定めるところにより、公共下水道を使用する者から使用料を徴収することができるが(同法二〇条一項)、その使用料は、下水の量及び水質その他使用者の使用の態様に応じて妥当のものであること、能率的な管理の下における適正な原価をこえないものであること、定率又は定額をもつて明確に定められていること、特定の使用者に対し不当な差別的取扱をするものでないこと、以上の原則によつて定めなければならないものとされている(同条二項各号)。

(二) しかして、東京都下水道条例(昭和五六年一〇月東京都条例第九〇号による改正前のもの、以下「下水道条例」という。)によれば、被告は、公共下水道の使用について、使用者(下水を公共下水道に排除してこれを使用する者をいう。同条例二条六号)から料金を徴収するものとされ(同条例一三条)、料金は、使用者ごとに、汚水の種別に応じて、同条例一四条一項の排出量(同一の使用者であつてかつ汚水の種別が同一のときは、その汚水が、水道水による汚水であるとこれ以外の水による汚水であるとにかかわらずその排出量を合算する。)に対応して一月についての料率を定める表を適用して得た額とされている(同条二項)。

一方、右の排出量については、水道水を使用したときにおいてはその使用水量をもつて汚水の排出量とみなし(同条例一六条一項)、水道水以外の水を使用したときにおいてはその水の使用の態様その他の事情を考慮して東京都下水道事業管理者である下水道局長(東京都公営企業組織条例一条三号、二条)が認定した使用水量をもつて汚水の排出量とみなすものとしている(下水道条例一六条二項)。同局長は、右の水道水以外の水の使用水量の認定のために必要があると認めたときは適当な場所に計測のための装置を取り付けることができるものとされている(同条三項)。右認定については、更に東京都下水道条例施行規程(昭和五九年三月東京都下水道局管理規程第六号による改正前のもの、以下「施行規程」という。)二八条に細目の定めがあり、同条四号によれば、動力式揚水設備によつて水道水以外の水を使用するものについては右計測のための装置によるのほか必要に応じ世帯人口、業態、揚水設備、使用態様その他の事実を考慮して認定をするものとされている。製氷業その他の営業で、その営業に伴い使用する水の量がその営業に伴い公共下水道に排除する汚水の量と著しく異なるものを営む使用者は、毎月の汚水の排出量を記載した同規程別記第七号様式による申告書を提出しなければならず(下水道条例一七条一項、施行規程二九条)、同局長は、右申告内容を審査して、その使用者の排除した汚水の量を認定するものとされている(下水道条例一七条二項)。

また、右の使用水量の認定は、同局長が、使用者ごとに、料金算定の基準日として定例日を定めた上(同条例一五条)、原則として六月ごとの定例日にこれをするものとされている(同条例一五条の二第一項)。結局、同局長は、同条例一五条の三各号の定めるところにより、隔月定例日に、右のようにして認定した排出量を基礎とし右の同条例一五条一項の表を適用して料金を算定することとなる(同条例一五条の三、一五条二項)。

(三) 下水道条例の以上の各規定にかんがみると、被告の管理する公共下水道の供用が開始されたときは、これを使用する者は、特に使用料を賦課する行為をまつことなく、右各規定の定める要件が充足されることにより当然に使用料を被告に納付すべき義務を負うこととなるものと解される。

4  公共下水道の使用者がその使用を開始し、休止し、若しくは廃止し、又は現に休止しているその使用を再開しようとするときは、使用者は、予め、施行規程別紙第九号様式による使用の開始等の届出をしなければならないものとされている(同条例八条、施行規程二六条一項)。

5  被告は、使用者が使用料を納期限までに納付しないときは、納期限経過後二〇日以内に東京都分担金等の督促及び滞納処分に係る事務手続等に関する規則二条に定める納付すべき期限を指定した督促状を発行して督促し(東京都分担金等に係る督促及び滞納処分並びに延滞金に関する条例二条)、これをした場合においては、使用料の金額に、その納期限の翌日から納付の日までの期間の日数に応じ、その金額(一〇〇円未満の端数があるときはその端数額は切り捨てる。)に年一四・六パーセント(右の督促状に指定する期限までの期間については年七・三パーセント)の割合を乗じて計算した金額に相当する延滞金額を加算して徴収するものとされている(同条例三条)。

三  原告の水道水以外の水の使用とこれに係る汚水の排除等に関する基本的事実

1  被告は、昭和四八年三月七日付けで、供用を開始すべき日を同年四月一日として、原告の所有に係る別紙物件目録記載の各土地(原告本店所在地、以下「本件土地」という。)を下水を排除すべき区域に含む公共下水道供用の開始の公示をし、かつ、所定の事項を表示した図面を被告の下水道局の所管管理事務所等において一般の縦覧に供した。

2(一)  原告は、本件土地上に工場を設けてゴム工業用品等の製造加工業を営む者であり、原告代表者は、同所所在の居宅に住んでいる。

(二)  本件土地の下水の排水設備は、その土地に接する道路端に設置されている公共汚水ますに接続しており、これを経由して右1の公共下水道に接続されている(右事実は、原告においてこれを明らかに争わないから、自白したものとみなされる。)。

(三)  原告は、昭和五一年四月から昭和五九年一〇月までの期間(以下「本件期間」という。)において、井戸水を動力式揚水設備によつて汲み上げ、これを工場の機械冷却用水及び従業員便所手洗用水並びに原告代表者居宅の家事用水として使用していた(当事者間に争いがない。)。

3(一)  下水道局長は、昭和四九年三月五日原告の工場に、右二3(二)の水道水以外の水の使用水量の認定のための計測の装置である動力井用時間計を取り付けた(取付けの日につき乙三、その余は当事者間に争いがない。)。

(二)  同局長は、右2(三)のような原告の井戸水の使用の態様その他の事情を考慮して、本件期間におけるその使用水量を六月ごとの定例日に認定し、そのうち、昭和五一年四月から昭和五九年七月までの期間における使用水量について同年八月三日に、同年六月から同年九月までの期間における使用水量について昭和六一年七月四日に、それぞれ右の認定を更正した。右認定(昭和五一年四月から昭和五九年九月までの期間における使用水量については更正後の認定)に係る使用水量は、別表の「更正汚水排水量」欄に記載のとおりである。

(右事実は、原告においてこれを明らかに争わないから、自白したものとみなされる。)

4(一)  被告の主張するところの本件期間における原告の使用料について、その各納期限は別表の「納期限」欄記載のとおりであるところ、原告は、右各納期限までに納付しなかつた。被告は、別表の「督促状発送」欄記載の日に、それぞれ納付すべき期限を別表「指定納期限」欄記載のとおり指定した督促状を発行して納付を督促した。

(右事実は、原告においてこれを明らかに争わないから、自白したものとみなされる。)

(二)  原告は、平成三年一月一一日被告に対し、その主張するところの、右使用料に係る債務(以下「本件使用料債務」という。)のうち昭和六一年一〇月三日に合計一〇万八〇〇〇円の内入れ弁済がされたその余の部分及び延滞金に係る債務の弁済として、金四八八九万五五一八円(以下「本件金員」という。)を支払つた(当事者間に争いがない。)。

四  争点

1  下水道条例によつて、水道水以外の水を使用する下水道使用者から徴収する下水道使用料金算出の基礎となる汚水排出量は、水道水以外の水の使用の態様その他の事情を考慮して事業管理者が認定した使用水量をもつて、その排出量とみなし、営業上使用する水の量がその営業に伴い下水道に排除する汚水の量と著しく異なる場合には、定められた様式による減水量申告を下水道事業管理者にしなければならないものと定められていることによれば、下水道使用者は、一定日時までにその申告をしなければ、その汚水排出量が使用水量より少ないとの主張をすることができなくなると解すべきか、それとも、そうではなく、これらの条例の定めにかかわらず、下水道使用者は、現に下水道を使用した場合に限り、その現実の汚水排出量に従つて算定された下水道使用料金額を徴収されるものと解すべきか。

2  右争点1について、減水量申告がなければ汚水排出量についての主張ができないとの立場を採用すべきものとした場合、原告は、公共下水道の使用者といえるか、そういえる場合、原告について、使用水量の認定がされているか、原告から減水量申告が適式にされているか。

3  右争点1について、現実の汚水排出量による料金額を徴収されるとする立場を採用すべきものとした場合、原告は、問題となつた期間において現に下水道に汚水を排出していたか。

4  原告が本件使用料債務を負つているとは認められないとされた場合、被告は、原告が本件使用料債務を負わないことを知つて本件金員を受領したかどうか(附帯請求に係る争点)。

5  争点に関する当事者の主張

1  争点1に関する主張

(一) 被告の主張

公共下水道使用料の算定根拠となる使用水量は、井戸水等の場合揚水量であり、井戸用の時間計及び単位揚水能力によつて測定される。何らかの理由により、時間計によつて示された井戸水の使用水量と現実の使用水量とに相違があることが判明した場合には、過去に遡つてこれを可能な限り現実の使用水量に合致させるべく、使用料を更正すべきである。しかし、使用水量と現実の汚水排出量に著しく差がある場合には、下水道条例に従い、毎回同条例一七条に基づく減水量の申告手続をしない限り、同条例一六条により、使用水量をもつて汚水排出量とみなしている以上、これを更正する余地はない。

(二) 原告の主張

下水道の使用に伴う料金の債権債務関係は、管理者が提供する下水道の利用という便益に対して、これを利用する使用者が使用の対価として料金を支払うというものであり、基本的に民法上の双務契約に該当する。その意味において、一般の私人間の商品の売買やサービスの提供と異なるところはない。したがつて、下水道料金はあくまでも下水道を使用した場合に限り、その使用量に従つて算出されなければならない。下水道条例一六条二項もこのことを前提としているのであつて、下水道事業管理者が認定した使用水量が現実の汚水排出量と異なつた場合、これに応じて料金を是正すべきことは当然のこととされているのである。

下水道法も、使用料は、公共下水道を使用する者から徴収することができる旨を規定しており(同法二〇条一項)、公共下水道を使用しない者からは徴収できないことを明らかにしているから、実際には下水道を使用していなくとも、井戸から揚水すればその揚水量に応じた下水道料金を支払う義務が生じるという被告の主張が右規定に反することは明らかである。また、同条二項一号によれば、使用料は、下水の量及び水質その他使用者の使用の態様に応じて妥当なものであることとの原則によつて定めなければならないものとされている。したがつて、第一に、使用料は、「下水の量」すなわち現実に排出している汚水の量に比して過大であつてはならず、第二に、原告のように汚水は殆ど自ら設置した施設によつて排除し、公共下水道には、僅かに生活排水のみを排出するといつた態様で公共下水道を使用している場合においては、そのような使用の態様に応じて使用料が定められなくてはならないものというべきである。

2  争点2に関する被告の主張

(一) 原告の工場の下水の排水設備は、右三2(二)のとおり、本件公共下水道供用開始前に右工場敷地に接する道路端に設置された公共汚水ますに接続され、そのうえで、原告がその上に工場を所有する本件土地を含む区域について、右三1のとおり公共下水道の供用が開始されたから、原告はその開始後公共下水道の使用者となつた。原告は、右三2(三)のとおり、本件期間内において、井戸水を揚水設備によつて汲み上げて使用していたところ、下水道局長は、右三3(一)、(二)のとおり、右揚水設備に動力井用時間計を取り付け、これにより、かつ、揚水設備の性能等をも考慮して、原告の本件期間内における井戸水の使用水量を別表の「更正汚水排水量」欄に記載のとおり認定した。

(二) 原告は、本件期間における汚水排出量について、施行規程に定める様式による減水量の申告をしていない。原告は、昭和六一年六月二四日に至つて、下水道局宛に「下水道料金につき訂正方御願い」と題する書面を提出し、機械冷却用汚水のピットによる地下浸透分の汚水排出量訂正の申出を行つたが、これとても下水道条例及び施行規程の定める様式による減水量の申告ではない。

3  争点3に関する主張

(一) 被告の主張

被告職員が、昭和五九年七月九日本件土地先の公道にある七個の公共汚水ますの全部を開け、そこに同地の汚水が排除されている事実を現認したこと、右三3(二)の昭和五九年八月三日付け更正に際し、原告代表者が、原告工場の揚水設備の一時間当たりの揚水量を調査査定して記載した「動力井等揚水量調査表」に承認印を押捺したこと、原告が、同月四日、右更正の結果認定された使用水量を基礎として算定された使用料金額につき、下水道局長宛納付誓約書及び担保提供書を提出し、昭和六一年八月五日右三3(二)の同年七月四日付け更正の結果認定された使用水量を基礎として算定された使用料金額につき、下水道局長宛納付誓約書、担保提供書及び抵当権設定登記承諾書を提出したこと、原告代表者は、被告の職員に対し本件期間以前から「きれいな水を排水しているから、下水道へ流しても使用料を支払う義務はない」と述べていたこと、以上のような事実に照らせば、原告は、本件期間において現実に汚水を公共下水道に排除していたものと認めるべきである。

(二) 原告の主張

(1) 原告は、以前からその工場の機械(金属製ミキシングロール)冷却用水及び原告代表者居宅の家事用水の廃水を本件土地の南側にあつた川に排除していたが、昭和三八年八月から同年一二月にかけて右土地内に、右機械冷却用水を貯溜し、その水を再度機械冷却に用いることを目的として、水を溜めるピットを設置したところ、ピットの底面が水を透過する構造となつていたため、周辺の地下水位の低下に伴い、ピットに流入した機械冷却用水の廃水はそこに貯溜することなく地中に吸い込まれるようになつた。そこで、原告は、機械冷却用水の廃水は、ピットに流した上地中に浸透させてこれを排除することとした。昭和五九年七月ころ以降、原告代表者は、被告の職員から「地下から汲み上げた水なら、使用後は地下に戻せばよい。そうすれば下水道料金もかからなくなる」との示唆を受けたことから、工事を行つて同年九月既に揚水量不足となつたため使用していなかつた井戸に、従来ピットに流していた機械冷却用水の廃水を導き、ピットにおけると同様に右井戸から地下に浸透させてこれを排除することとした。

このように、原告は右工事の前後を通じて機械冷却用水の廃水を地中に浸透させて排除していたのであり、公共下水道には排出していなかつた。

(2) 被告の主張するところの原告の公共下水道への汚水排出を認めるべき事実のうち、動力井等揚水量調査表への押印は、それがそこに記載された揚水量を原告において真実承認したものであるとしても、あくまで揚水量を認めるものに過ぎず、そのことと汚水排出とは関係がないから、この事実をもつて公共下水道への汚水排出という被告の主張事実を推認させるものとすることはできない。また、下水道局長宛の納付誓約書、担保提供書及び抵当権設定登記承諾書を提出したことは、被告が、その主張の使用料について本件土地及び同所所在の原告代表者居宅を差し押さえるに至り、銀行に対する信用の悪化、原告の倒産といつた事態を招来しかねなくなつたことから余儀なくされたところであり、原告において使用料債務を自認したことを示すものではない。更に、原告代表者は、「きれいな水を地下に流しているのだから、下水道とは関係ない」旨を述べたが、被告の主張するようなことを述べた事実はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  第二の二に判示したところを総合すれば、下水道法及び下水道条例は、ある区域に公共下水道の供用が開始されれば、その区域に土地所有権等を有する者に対し、その下水道を使用する義務を負わせて、その使用のため遅滞なくその土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水設備を設置する義務を負わせ、右排水設備が設置されれば、その土地等からの排水は当然公共下水道に流入してその土地所有者等は公共下水道の使用者となるので、水道水による汚水を排除して公共下水道を使用する者については、水道の使用量をもつて、それ以外の水による汚水を排除してこれを使用する者については、管理者が認定した使用水量をもつて、それぞれ汚水の排出量とみなすという法技術を採用し、そのみなした排水量をもつて使用料を算出して、使用者からこれを徴収するという仕組みをとつているものと認められる。そして、証人名畑保の証言によれば、公共下水道が供用開始される以前に、その供用の開始される区域に所在する各戸の下水は、下水道の枝線工事の進捗に伴い、順次公共下水道に取り入れられていき、供用開始の時には、その区域内の全戸の排水設備が、公共汚水ますへの接続を完了しているのが通常であることが認められるのであつて、このことと、右法及び条例が前記の仕組みを採用していることとによれば、右法及び条例は、ある区域に公共下水道の供用を開始した場合には、その区域内にある土地所有者等下水を排出する者の全員を一律に下水道使用者としての地位に立たせ、各使用者について、水道水を使用する場合とそれ以外の水を使用する場合とに分けて上水の使用量を基準として汚水の排出量を決定し、これによつてそれぞれの下水道の使用料金額を算出してこれを徴収するものとし、下水道への排出量が、上水の使用量より著しく少ない営業を営んでいる者や、下水道の使用を廃止した者など例外的な者については、その者からの申告や届出をまつて、それに応じた対応をするという制度を採用したものと解される。右のような制度の下においては、右の例外的な立場に置かれた者は、自ら条例などの定める申告又は届出をしない限り、使用水量を汚水の排出量と擬制するという条例によつて生じた効果を覆すことができず、右手続をとつていない者は、右の効果に基づいて算出された使用料の支払の請求に対し、現実の排出量が使用水量より少ないことをもつて争うことはできないものと解すべきである。

2(一)  原告は、使用料に関する債券債務関係は、私人間における民法上の双務契約と異なるものではないから、右解釈は当を得ない旨の主張をするが、前記第二の二1、2に判示したとおり、公共下水道事業は地方公共団体が独占的にこれを行うものとされ、公共下水道の供用が開始された場合においてはその排水区域内の土地の所有者等は排水設備を設置しなければならないこととなつて、排水区域内の住民は、法律上その使用を強制されることとなる一方、住民がこれを使用するに当たつては、その届出のみが必要とされ、公共下水道管理者である地方公共団体の承諾、許可等を必要とすることとはされていないことにかんがみると、公共下水道の使用及び使用料に関する関係を契約と解することはできないから、原告の右主張はその前提において採ることができない。

(二)  原告はまた、下水道法及び下水道条例による汚水排出量の認定の制度を前記のように解釈することは下水道法二〇条一項及び同条二項一号に適合しない旨の主張をする。

同条一項は、公共下水道の使用料は、「公共下水道を使用する者から」これを徴収することができる旨を定めるが、その趣旨は、公共下水道の管理に要する費用をその受益者に負担させることを許容するところにあるものと解される。一方、前記の解釈は、使用料に係る債務を負うとされる者が下水道条例二条六号にいう使用者、すなわち、下水を公共下水道に排除してこれを使用する者に当たることを前提として、その者の上水の使用水量をもつて汚水排出量とみなされることは、条例上設けられた申告や届出によらない限りこれを覆すことができないと解するものであるところ、右の使用者に当たるとされるためには、現に公共下水道に汚水を排除することまでを要件とするものではないとしても、排水設備が公共汚水ますに接続され、これを経由するなどして公共下水道に汚水を排除することが現に可能となつていることは要するものと解される。そうであるとすれば、右解釈は、これによれば公共下水道を現に使用することが直ちには不可能であるような、公共下水道の受益者といい難い者にまで使用料を負担させる結果をもたらすというようなものではないのであるから、これが下水道法二〇条一項に適合するものではないということはできない。

同条二項一号は、公共下水道の使用料を定めるにつきよるべき原則として「下水の量及び水質その他使用者の使用の態様に応じて妥当のものであること」を定めるが、同項二号は同じく「定率又は定額をもつて明確に定められいること」をも使用料を定めるについての原則としているのである。そして、一般に、公共下水道は、利用される区域が広範にわたり、かつ多数の使用者を擁するものであるから、その使用料の算定について各個の使用者ごとに個別的具体的な認定を要するものとすれば、その管理上煩に堪えないこととなることはら明らかである。これらのことによつてみれば、同項一号の原則は、使用料の認定について、各個の原則は、使用料の認定について、各個の使用者ごとに現実に排除された汚水の量を計測して専らその結果によるべきであるとか、各個の使用者の多種多様な使用態様を完全に反映しなければならないといつた趣旨を含むものではなく、使用料に関する条例の規定が下水の量及び水質その他使用者の使用の態様に応じた合理的な定めであれば足りるものであることを趣旨とするものであると解される。

このような見地から、前記の解釈をみると、水道水等の上水の使用量とその使用後の廃水の量との間には大差がないことは生活経験の上から誰しも認めるところであろう。一方、公共下水道の使用者の大部分は水道の使用者でもあつて、水道については通常その使用料算定のため各戸に使用水量を計測する装置が設置されるものであるから、これと並んで更に下水の量を計測するための装置を設けることは、殆どの使用者について、いわば屋上に屋を架するものであつて、公共下水道の使用者がおびただしい数に上ることを併せ考えれば、公共下水道管理の効率上不適当というべきである。また、上水の使用水量の計測は、汚水の排出量のそれに比較すれば、計測装置の管理等がより容易であり、技術的にもより高い精度が期待できることは、常識的に認められるところである。そこで下水道条例は、前者の量をもつて後者のそれとみなすこととし、水道水を使用しない者についてはこれを使用する者の場合に合わせて上水の使用量を計測し、その量をもつて汚水の排出量とみなすこととして、これを使用料算定の原則とすることとし、特殊な営業に水を使用するために両者の間に著しい差のあるときや下水道の使用を廃止し、又は休止する等の場合については使用者に所定の方式によつて自らの個別事情を申告させ、又は届け出させて、これに基づいてのみ、例外的に右の原則を覆す余地を認めるとしたものであつて、右の制度は、大量の事務を公平に管理することの求められる使用料徴収事務の性質を考えれば、十分に合理性が認められるというべきである。したがつて、前記の解釈は、優に下水道法二〇条二項一号の原則に適合するものというべく、原告の主張は採用することができないのである。

二  争点2について

前記第二の三2(一)の事実によれば、原告は、同3(二)の公共下水道の使用者となつたものと認められる。そして、同2(三)、同3(一)、(二)に判示したとおり、原告は、本件期間において井戸水を動力式揚水設備によつて汲み上げて使用していたから、下水道局長は、動力井用時間計を取り付け、かつ、原告の右使用の態様その他の事情を考慮して、原告の本件期間における使用水量を別表の「更正汚水排水量」欄記載のとおり認定したものであり、この認定は、下水道条例に従つた適法なものと認められるから、右使用水量が、原告の本件期間における汚水の排出量とみなされることとなる。

しかして、原告が本件期間における使用料につき、同条例一七条に基づき申告書の提出をしたかどうかについてみるに、《証拠略》によれば、原告は、昭和六一年六月二四日同局宛「下水道料金につき訂正方御願い」と題する書面を提出したこと、同書面には「3 排水槽の問題」との標題を付して「当社は工場の床下の地下に水を還元するためのピットを設備しております。」「次の算式での再計算を御願いします。」「100パーセント-27.7パーセント=72.3パーセント」「72.3パーセント×90パーセント=実際使用量」との記載があることが認められ、右認定事実によれば、原告は、その使用した井戸水の殆どを公共下水道には排除していない旨を上申し、使用料の算定につき善処を求める意図で同書面を提出したことが窺われる。しかしながら、同条に基づく申告書は施行規程別記第七号様式によらなければならないところ(施行規程二九条)、右各証拠によれば、同書面は右の様式に従ったものではないと認められる。

そうすると、同書面提出の事実によつて下水道条例一七条に基づく申告書の提出があつたとすることはできず、ほかに、原告が本件期間における使用料につきかかる申告書を提出した事実の主張立証はない。

第四  結語

以上によれば、原告は、右の使用水量を基礎として算定された額の使用料に係る債務(本件使用料債務)を負うこととなり、前記第二の二3の(二)の算定方式によると、本件期間における各使用料の額は別表の「更正下水道料金」欄記載のとおりと計算され、その合計額から前記第二の三4(二)のとおり内入れ弁済された金額を控除した金額は二三〇二万六七六三円となるし、右使用料については前記第二の三4(一)のとおり督促及び納付がされたから、前記同二4の各規程により本件使用料債務に係る延滞金が発生することとなつて、その合計額は二五八六万八七五五円となり、右の本件使用料債務の金額から内入れ弁済された金額を控除した金額に、これを加算した金額は四八八九万五五一八円となる。しかして、本件金員の支払は、前記同三4(二)のとおり本件使用料債務のうち内入れ弁済がされたその余の部分及び右延滞金に係る債務の弁済としてされたものであるから、法律上の原因があることとなる、したがつて、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないこととなる。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとする。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 栄 春彦 裁判官 長屋文裕)

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